学校の歴史

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学校の歴史

1953~  1960~  1970~  1980~  1990~  2000~  2010~

1953 昭和28年 ~ 1959 昭和34年

  本校 行政・業界
1953
昭和28年
立川自動車学校として開校
日本自動車学校と校名を変更、認可
トヨタSF型乗用車を15万円値下げ
日野ヂーゼル、ルノー第1号車完成
日産、オースチン第 号車完成
富士重工業(株)設立
トヨタ自工、トヨペットスーパーRH型とともにSK型トラックを発表
1954
昭和29年
整備科新設(当校のスタート)
東京都自動車整備技術講習所立川分教場に指定
東京都公安委員会より、自動車練習所の指定認可。トヨタ自販直営の自動車学校として再発足
日比谷公園にて第1 回全日本自動車ショー開催(~29)
鈴木式織機 株 、鈴木自動車工業 株 に改称
トヨタSKB型トヨペット・ライトトラック発売
トヨタRK 型トラック発売
1955
昭和30年

3級整備士技能試験の受験資格について運輸大臣が認可
第1期生37 名卒業
国鉄より学校指定。整備科の生徒に通学定期券の資格を得る

トヨタ、トヨペットクラウンRS 型、トヨペットマスターPR 型発表
日本乗用自動車連盟発足
通産省、国民車育成要綱案
(4人乗り時速100km 、価格25万円) 発表
1956
昭和31年
校主代理の伊藤久雄が校長就任
トヨタ自販社長神谷正太郎が学校視察。施設の増改築が決定
整備教育専用の第5教室を増築。整備教育科と改称
本館が完成(旧本館を撤去)
自動車損害賠償責任保険実施
トヨタ自工、世界銀行から235万ドル借款契約締結
トヨタ、国民車試作第1号発表
トヨタ自工、ブラジル進出決定
1957
昭和32年
東京都交通局より通学定期発行の認定を受ける
実習教室の全面的な拡充工事が完成
トヨタ、業界初の定価販売制を採用。業界の値下げ競争激化
ダイハツ工業、軽三輪ミゼット発表
姉妹校の中部日本自動車学校が開校
豪州一周国際ラリーにトヨタのクラウンデラックス参加
(初の海外遠征)
日産、ダットサン1000 発売
1958
昭和33年
  ブラジル・トヨタ設立
いすゞ、日本初のエンジン組立ラインを稼働
富士重工、スバル360 発表
自動車工業振興会発足
1959
昭和34年
整備教育科本科と改称
運輸大臣より認定を受け、3級整備士養成施設の正式な指定校に
伊藤久雄校長が退任
トヨタ自販、第1 回フロントマン講習会開催
日産、ブルーバードを発表
トヨタ、わが国初の乗用車専門工場完成(元町工場)

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1960 昭和35年 ~ 1969 昭和44年

  本校 行政・業界
1960
昭和35年
小島一雄、3月31 日まで校長代理
藤本好雄が校長に就任
本館の増築とともに冷房も完備
日産、ニッサンセドリック発表
片瀬海岸でわが国初の外車ショー開催
日本自動車販売整備連合会発足
小型車の排気量制限1,500ccから2,000cc に引き上げ
新道路交通法施行
軽自動車の需要、三輪から四輪へ移行し始める
四輪車新規登録台数40 万台突破 前年比75.7%増
1961
昭和36年
姉妹校の中部日本自動車整備学校(現、専門学校トヨタ名古屋自動車大学校)が開校。当校より職員 2名異動
物品税改正、1,500 ~2,000 の乗用車税率30 %から15 %に引き下げ
本田技研が軽四輪部門へ進出
トヨタ、大衆車パブリカ型発表
いすゞ、ベレル2000 発表
東洋工業、ロータリーエンジン試作第 号完成
1962
昭和37年
卒業生数が1,000 名を超え、1,144名に
全国自動車整備学校連盟の発起人会開催。当校に事務局が置かれ、初代会長に本校校長藤本好雄が就任
東急くろがね、自動車生産を中止
日本自動車連盟(JAF)発足
1963
昭和38年
株式会社トヨタ東京教育センターを設立して学校経営を移管、藤本好雄が社長兼務
トヨタ、新車保証期間を延長( 1年または2 万km )
第 1 回日本グランプリレース開催(鈴鹿サーキット)
日野、ルノーの生産打ち切り
(株)トヨタ東京教育センターに準じ、(株)トヨタ名古屋教育センターが発足
1964
昭和39年
運輸大臣より 第1種自動車整備士養成施設として認定
整備教育部の八王子への移転が決定、八王子市館町の現在地を買収
10周年記念行事開催
いすゞ、ベレット1600GT 発表
国産車の年式打刻制度廃止
東洋工業、ファミリア発表
新道路交通法施行
1965
昭和40年
九州・四国の交通事情調査旅行 乗用車輸入の自由化実施。これより国産車の販売競争が激化、
本格的なシェア戦争に突入マイカー・ブーム起こる
1966
昭和41年
卒業生数が2,000名を超え、2,078名に 日本自動車査定協会設立
日産、プリンスを吸収合併
トヨタ自動車工業、トヨタ自動車販売、日野自動車工業、日野自動車販売の4社業務提携
発表
1967
昭和42年
日本自動車工業会発足
トヨタ、トヨタ2000GT発表
トヨタ・ダイハツ業務提携に調印
自動車生産台数世界第2位に
1968
昭和43年
  トヨタ、トヨタスポーツ800改良型発表
いすゞ・三菱業務提携に調印
日産・富士重工業業務提携
トヨタ・日産年間生産台数100万台突破
1969
昭和44年
  日産、スカイラインGT-R 発表
日産、フェアレディZ 発表
三菱、コルトギャラン発表
トヨタ自販、日本企業中輸出第1位に

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1970 昭和45年 ~ 1979 昭和54年

  本校 行政・業界
1970
昭和45年
整備教育部の移転が正式に決定、八王子市館町で地鎮祭 三菱自動車工業、三菱重工業から分離独立
東洋工業・フォード提携で基本的合意
トヨタ、カリーナ及びセリカ発表
いすゞ・ゼネラルモータース社提携合意発表
米国で大気汚染防止法(マスキー法)が成立
1971
昭和46年
整備教育部、八王子市の現在地に移転
偶数期(10 月生)が廃止され普通部と改称、新たに 2年制の高等部が発足。職員17名を採用。校長代理に押川裕昭が就任
本校内に東京都自動車整備技術講習所八王子分教場が開設
学生寮 5寮を契約
高等部第1期生、56 名が入学
自動車の資本自由化実施
いすゞ・GMの資本提携認可
東洋・フォード業務提携で合意
自動車重量税施行
1972
昭和47年
学校法人トヨタ学園発足。理事長に神谷正太郎、就任
日本自動車整備学校と校名変更
岡畑輝夫が理事副校長に就任
自工会会長に豊田英二トヨタ自工社長就任
ジャパンインドネシアオイル株 社長に神谷正太郎就任
日産自動車、生産累計台数1000 万台を突破
本田技研、低公害エンジンCVCC搭載のシビック発売
1973
昭和48年
韓国の視察団が来校
高等部の卒業生に対し、2 級整備士受験資格が与えられる
藤本校長退任、岡畑輝夫が校長就任
2 級課程(高等部)が運輸大臣より養成施設として認可
労働大臣より、無料職業紹介事業の認可
マスキー法合格1 号車に本田技研の無公害エンジン、東洋工業(現マツダ)のロータリーエンジン車合格
低公害車優遇税制措置スタート
軽自動車の車検始まる
本田技研、CVCCエンジン搭載のシビック発売
1974
昭和49年
オイルショックの余波により普通部の新入生が激減 自動車取得税引き上げ
全国の整備学校がパニックに陥り、休校、廃校が続出
自動車重量税大幅引き上げ4 輪輸出、世界第1位に
1975
昭和50年
  政府、昭和51年度排出ガス規制適合乗用車と電気自動車に優遇措置発表
ガソリン無鉛化スタート
トヨタ自販、中古車に統一保証制度を採用
1976
昭和51年
学校教育法の改正により、専修学校として認可。同日付、八王子市の専門学校の第1号として認可
日本自動車整備専門学校と校名変更。同時に高等部は専門科、普通部は普通科と改称
自動車税引き上げ(自家用30%、営業用15 %) 、軽自動車税引き上げ30%
自動車重量税引き上げ25%
トヨタ、カローラ生産累計500万台達成
富士スピードウェイにおいてわが国で初めてF1グランプリ開催
1977
昭和52年
  米国、82年型車からエアバッグ、または自動安全ベルトの装着義務付けを決定
1978
昭和53年
献血の協力によって、厚生大臣表彰 自動車輸入関税撤廃
道路交通法大幅改正
1979
昭和54年
連史久が副校長、小川信行が部長としてトヨタ自販より着任
卒業生数5,000 名を超え、5,219名に
神谷正太郎から豊田英二に理事長交代
創立25周年に当たり第1次5ヵ年計画を策定
通産省、自動車総合制御システムの実用化に本腰発表
東洋工業・フォード社の資本提携スタート
トヨタ中央研究所跡に豊田工業大学構想

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1980 昭和55年 ~ 1989 平成元年

  本校 行政・業界
1980
昭和55年
第2 実習棟(現・4号館)の竣工式挙行 本田技研、米国で乗用車を生産するための工場進出発表
トヨタの新しい販売チャンネル「ビスタ店」営業開始
トヨタ自販創立30 周年
日米自動車専門家会議開催
日本の自動車生産台数が世界一に
1981
昭和56年
豊田工業大学の設立認可。大学と専門学校を有する学校法人トヨタ学園の体制が確立
専門科・普通科の定員見直しにより総定員が600 名に
トヨタ、日産の1980 年の生産・輸出実績が過去最高、国内販売減少
トヨタ、スポーツタイプ乗用車ソアラ発売
豊田工業大学が開校
トヨタ自販社長にトヨタ自工の豊田章一郎副社長就任
1982
昭和57年
契約学生寮「椚田東寮」が竣工
5ヵ年計画第2期として、第 3実習棟(現3 号館)の新築および本館増築の起工式
小林典司が理事・副校長としてトヨタ自動車から着任
本館(現・1 号館)の増改築が完了、校舎一新
通産省、日本製乗用車の対米輸出自主規制継続を発表(168万台/年 )
トヨタ自工、トヨタ自販が合併してトヨタ自動車株 に
トヨタ、11 月度小型自動車シェア50 %突破
AT 乗用車普及率30 %突破
1983
昭和58年
第3 実習棟(現・3号館)完成
5ヵ年計画の総定員720名体制
初の女子学生7名普通科入学
新校歌制定
運輸省、自動車へのドア・ミラー装着を認める方針を決定
道路運送車両法改正施行 新車車検 3年に延長
環境庁、スパイク・タイヤの使用期間制限を全国に通達
豊田英二理事長勲一等瑞宝章を受章
1984
昭和59年
創立30周年。岡畑輝夫校長退任。小林典司副校長が校長に就任
専門科に女子4名入学
校内緑化工事開始
経団連副会長に豊田英二就任
三菱自工、三菱自販が統合、三菱自動車工業 株 に
トヨタ・GM の合弁会社NUMMIの 号車が、フリーモント工場で完成
乗用車普及、3 世帯に2台
1985
昭和60年
学校新聞「はぐるま」発行
普通科休止、専門科(15期)のみの入学式となり、 386名(内女子7名)が晴れて入学
1号館 階階段室へスローガン「技術を磨け、そして人間性も」を掲示
レーガン米大統領、日本車輸入規制は不要と表明
三菱自工とクライスラー社が1988 年米国での生産に合意
トヨタが米国・カナダへ単独進出決定
保安基準改正、シートベルト
装備対象車種・座席拡大
1986
昭和61年
学生寮「一誠寮」竣工式。鉄筋コンクリート3階建、収容定員128名 TECHNO (サービスのブランド化)オールトヨタで展開開始
自工会会長に豊田章一郎トヨタ自動車社長が就任
シートベルト着用の改正道交法施行
プリンス自販・日産自販が合併
1987
昭和62年
11月と 2月の昭和62年度生入学試験の応募者が合計で過去最高の1,683名(入試倍率4.49 倍)に
卒業式に精勤賞をもうける
図書室設置
昭和63年度生1 回入学試験から試験科目の国語・数学に理科を追加
全国自動車整備専門学校連盟25周年記念式典(京王プラザホテル)
日産、米国に高級車販売網
「インフィニティ」設置、89 年秋から販売
全国自動車整備専門学校連盟が名称を全国自動車整備専門学校協会と改称
トヨタ、米国に第 販売網「レクサス」設置、 89年秋から販売
1988
昭和63年
第2校舎(現・2 号館)建設のため、第1 実習棟の解体工事開始
1号館2 階を大改修
診療室に東京医科大学八王子医療センターの医師を委託
豊田工業大学と法人分離、学校法人トヨタ東京整備学園が東京都より新学校法人として認可、理事長 豊田英二が就任
初の指定校推薦入学面接試験を盛岡、福島で実施
総理府、スパイクタイヤ製造販売中止を決定
トヨタの米生産子会社(MMT)のケンタッキー工場開所式
トヨタ、新シンボルマーク設定
トヨタのカナダ工場(TMMC )1号車をラインオフ
1989
平成元年
平成元年度入学式及び2号館披露式。挨拶。台湾からの留学生 名を含む専門科定員 500名の初の受け入れ
終業式及び交通訓話の後、初のピアノ演奏会
消費税に対応した新規格軽自動車の枠拡大、排気量660cc 、全長3.3mに決定
消費税実施、乗用車6 %、商用車3%、乗用車の物品税廃止
本田宗一郎元本田技研社長の日本人初の米国自動車殿堂入り決定
乗用車メーカー各社、新車の保証期間を延長5 年間または10万km)
第28 回東京モーターショーが新会場の幕張メッセで開幕
( 190 万人の入場者で史上最高を記録)
米国、レクサス店にてL400 ・ES250 販売開始

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1990 平成2年 ~ 1999 平成11年

  本校 行政・業界
1990
平成2年
第 1回同窓会を本校において開催、第 1期卒業生を含む208 名や元職員13名等が参加
卒業生が1万名を超え、10,031名に
教育部トヨタ3番目の関西自動車整備専門学校(現、専門学校トヨタ神戸自動車大学校)設立準備のため、唐沢英明部長がトヨタ自動車サービス部へ復帰
隣接地(新グランド予定地)の試掘調査、土器等発見
軽自動車の新規格スタート 排気量 660cc 、全長10cm 拡大
1989 年の国内四輪車生産が1,302 万 5,741 台で史上最高記録を更新、10年連続で世界一に
経団連新副会長に豊田章一郎トヨタ自動車社長が就任
トヨタ・カローラ生産 1,500万台達成、フォルクス・ワーゲンのビートル(かぶと虫)2,075万台に次ぐ第2位を記録
豊田英二理事長が勲一等旭日大授章を受章
運輸省、自動車保有台数10 月末で6,917 万5,345 台と発表
1991
平成3年
卒業式後、新学生寮「啓明寮」披露。鉄筋コンクリート 4 階建、収容定員200名
カリキュラム検討委員会発足
自動車研究部がホンダエコノパワーに初参加
違法駐車等の罰則強化の道交法改正、施行
車庫法改正、施行
AT車限定免許制スタート
1992
平成4年
椎野武が理事・副校長としてトヨタ自動車から着任
椎野副校長が委員長となり、 BP科新設準備委員会発足
照明設備付の新グランドが完成
今井澄夫先生・内田敏一先生が神戸校へ応援のため 出向
自工会、1991 年の自動車生産台数1,324 台、4 年ぶりの前年割れと発表
豊田達郎副社長が昇格、豊田章一郎社長が会長に、豊田英二会長は取締役名誉会長に
全国自動車整備専門学校協会30 周年記念式典が東京ヒルトンホテル(新宿)で開催
自動車10社、1993年3月期中間決算、赤字を含む大幅減益となる
環境庁、自動車NOx 法スタート
トヨタ、イギリスで乗用車組立工場の生産開始
1993
平成5年
40周年記念行事準備委員会の発案により校章デザインを募集
全国自動車整備専門学校協会主催の記念論文で今井澄夫先生が優秀賞、黒沢茂先生が佳作を受賞
小林校長が全国自動車整備専門学校協会会長に就任
トヨタ海外サービス部からT-TEPのメンバーが来校
第 1回トヨタ学園祭開催。バザーの売上金を交通遺児育成基金に寄付
19年ぶりの保安基準大幅改正
神戸市にトヨタ3 番目の整備専門学校として神戸校が開校
第30回東京モーターショー開催
1994
平成6年
創立40周年式典で、新しい校章・校旗及び「青年の像」を披露。併せて学園史「40年のあゆみ」を刊行
小林典司校長退任、椎野武が校長に就任
今井正弘が理事副校長としてトヨタ自動車から着任
新体制のもと、各種新プロジェクトがスタート
自動車の消費税を4.5 %から3.0 %へ、本則税率適用を正式決定
経団連、新会長に豊田章一郎氏が就任
文部大臣(現文部科学大臣)が認定した専門学校の卒業者に「専門士」の称号が付与される旨が告示
豊田英二トヨタ自動車名誉会長、米国自動車殿堂入り
1995
平成7年
当年度から、文部省(現文部科学省)より当校の卒業生に専門士の称号の授与が認可
研究科の新設に先立ち、4号館 1階を全面改修、2号館1 階車検ライン区域を改修
スポーツ大会開始
日産、座間工場の組立生産を終了
自動車各社、海外生産増強計画を発表
トヨタ奥田碩社長就任
運輸省、1998 年から衝突安全基準として側面衝突試験を義務化
運輸省、衝突安全性能の向上のため軽自動車の規格改正案を決定
1996
平成8年
運輸省(現国土交通省)による教育科目の指定標準時数の短縮を受けて、当校専門科授業時数短縮
週休二日制、選択科目制度を盛り込んだ新カリキュラム施行
2級整備士資格取得者を対象とした「研究科」を新設し、総合コース・車体コースを設定
自動車メーカー各社、「環境行動計画」を発表
豊田達郎社長、自工会会長に就任
豊田章一郎会長、経団連会長に就任
豊田英二名誉会長、米国の自動車殿堂入り
四輪車生産台数、1,035万台。6 年ぶりに前年を上回る
1997
平成9年
運輸省から研究科の施設が車体整備士養成施設の認可
教養コースの一環として第1回アメリカホームステイを実施(専門科1年・26 期生の12名が参加、3週間)
短大併修制度を導入
豊田英二理事長が勇退、後任に栗岡完爾トヨタ自動車副社長が就任

通産省、廃車のリサイクル率を2002 年に85 %とする「使用済み自動車のリサイクル・イニシアチブ」公表
地球温暖化対策で環境省、通産省などが基本方針発表
1998
平成10年
「 S-up キャンペーン」開始
当校の留学生に就労ビザが交付される(整備専門学校では初の事例)
学生のメンタル面の支援を目的として校内に相談室を開設
学校ホームページを開設
トヨタ、側面衝突時に頭部を保護するカーテンシールドエアバッグ開発を発表
日産、リストラ計画発表。本社ビルなど資産を売却
自動車保険料自由化スタート
トヨタオート店 66 社が一斉にネッツトヨタへ名称変更
軽自動車の規格改定 車幅(8cm 、全長10cm 拡大)。
運輸省、新規格軽自動車の燃費公表
改正道路交通法により免許停止処分者の講習にボランティア導入が相次ぐ 空缶拾い、除雪作業、横断歩道誘導、身障者介助等
1999
平成11年
栗岡完爾理事長の退任、後任に岩月一詞トヨタ自動車副社長が就任
教育スローガン「技術を磨け、そして人間性も」を具体化させ、「日整校基本5 項目」を制定
日産とルノーが資本を含む幅広い提携で合意
トヨタ、新社長に張富士夫副社長が昇格、奥田碩社長は会長に就任を発表
チャイルドシート着用義務付けや走行中の携帯電話使用禁止の改正道交法成立
専門士を大学への編入資格とする制度が制定
トヨタ自動車と米ゼネラル・モーターズが環境対応型先進技術車の共同開発で合意

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2000 平成12年 ~ 2009 平成21年

  本校 行政・業界
2000
平成12年
サブグラウンドにバスケットゴール設置 運輸省省令改正により一種養成施設の1級課程が認可
2001
平成13年
ISO14001取得に向けてキックオフ
富士スピードウェイ(FISCO)で運転技術講習会

国土交通省、千葉県内で ETCの本格運用開始
国土交通省、低公害車普及戦略とりまとめ。10 年後に1,000万台目標
2002
平成14年
環境マネジメントシステムの国際標準規格ISO14001 の認証を取得
1級自動車整備士を養成する一級修士科(2 年課程)を新設
大学併修制度を導入
椎野武校長退任、今井正弘副校長が校長に就任。同時に杉山泰成参与が理事副校長に就任
米国のウィーバー州立大学( WSU )からスタッフ5名が来校し、今井正弘校長を表敬訪問
トヨタ、世界のシェアで初の10%達成
ハイブリッド「プリウス」販売累計 10万台を突破
自動車整備士検定制度が改正され、1級整備士国家検定試験が実施
2003
平成15年
初の1級整備士試験に職員 7名が合格
学生のユニフォーム・デザインを一新
トヨタファイナンス(株)が、当校専用に低利な教育ローンの提供を開始
献血で厚生労働大臣表彰創立
50周年を記念して、体育館施設を有する5号館(鉄骨 2階建て)完成、竣工式を挙行
東京都、ディーゼル社の走行規制でメーカー7 社に協力要請
2004
平成16年
一級修士科が専門士該当学科として認定
校名を「トヨタ東京整備専門学校」に改称、基本理念を制定
50周年記念式典を5号館にて開催、トヨタ自動車より風力発電機 2機寄贈
1 級整備士試験に一級修士科1期生5名合格

新潟県中越地方地震
アテネオリンピック

2005
平成17年
岩月一詞理事長退任、後任に笹津恭士トヨタ自動車副社長が就任
外部学生寮3棟契約
文部大臣(現文部科学大臣)が認定した専門学校の4年制卒業者に「高度専門士」の称号が付与される旨、告示
愛知万博開催
2006
平成18年
1級課程を4年制に改組、1級自動車科と改称
2級課程の科名を専門科から自動車整備科に改称
AED3台校内に設置
ワールドベースボールクラシック日本優勝
2007
平成19年
校名を「専門学校トヨタ東京自動車大学校」に改称
今井正弘校長退任、杉山泰成副校長が校長に就任
笹津恭士理事長退任、後任に豊田章男トヨタ自動車副社長が就任
1級自動車科4年生、欧州研修実施。卒業時に高度専門士付与
富士スピードウェイでのF1グランプリで556名の学生がサポートとして活躍
第3回同窓会総会を開催
F1日本グランプリが30年振りに富士スピードウェイで開催
新潟県中越沖地震」
民営郵政スタート
2008
平成20年
学生野球部が活躍、東京都優勝、関東大会優勝、全国大会3位 洞爺湖サミツト開催
北京オリンピック
2009
平成21年
豊田章男理事長退任、後任に佐々木眞一トヨタ自動車副社長が就任
TRDヴィッツチャレンジ参戦
景気対策により、エコカー減税・補助金制度実施
裁判員制度スタート
国内ハイブリット車が本格普及へ

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2010 平成22年 ~

   本校 行政・業界
2010
平成22年
東京オートサロンに本校作成のEVを
初出展
1級専攻科(2年課程)新設
トヨタ東自大ハイブリッド検定開始
スーパーGTレースメカニック体験を
開始
小惑星探査機「はやぶさ」帰還
レクサスLFA生産開始
2011
平成23年
東京オートサロンで優秀賞受賞
ハイブリッド・EV科(1年課程)新設
研究科をボデークラフト科に改称東京オートサロン
3.11東日本大震災
なでしこジャパンワールドカップ優勝
九州新幹線開業
2012
平成24年
北米NASCARメカ体験に日本人学生として初参戦
女子学生更衣室を大規模リニューアル
第4回同窓会総会を開催
東京スカイツリー開業
小型スポーツカー「86」発売開始
ロンドンオリンピック
2013
平成25年

東京オートサロンに独自ブースで出展
佐々木眞一理事長退任、後任に前川眞基トヨタ自動車副社長が就任
卓球部、専門学校全国大会に3年連続出場
東京オートサロン

富士山が世界遺産登録
2014
平成26年
創立60周年式典開催、校章をモチーフにした徽章を制定
杉山泰成校長退任、松浪良樹副校長が校長に就任
スマートモビリティ科の新設。併修により「学士」を全員取得
多目的広場新設
スマートモビリティ棟を建設
学生による自家用車整備「アフタースクールガレージ」開始
ドライバーズ校内ランセンス制度開始
多目的広場 60周年
FCV(燃料電池車)「MIRAI」発売開始
御岳山噴火
2015
平成27年

職業実践専門課程として、自動車整備科、1級自動車科、1級専攻科が文部科学大臣より認定
スマートモビリティ棟完成
エコアクション21取得
西キャンパス取得
ERKチャレンジカップ開始
スマートモビリティ棟

北陸新幹線開業
2016
平成28年


専門実践教育訓練の講座として1級専門科が厚生労働大臣の指定
販売店向けOFF-JT制度設定職業実践専門課程としてスマートモビリティ科が文部科学大臣より認定
西キャンパス完成
*オフロードコース
*ラジコンコース
*駐車場(教材車、学生、職員、来賓)
オロフードコースにて

マイナンバー制度スタート
熊本地震
北海道新幹線開業
他メーカーによる燃費改ざん問題
伊勢志摩サミット開催
リオオリンピック

2017
平成29年
学食プリペードカード化

トヨタ自動車「GAZOO Racing」が
18年ぶりにWRC参戦。第2戦で優勝
大相撲 日本人出身者として19年ぶりに
稀勢の里が横綱昇進
富士重工が社名を「SUBARU」に変更

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